ピアニスト薗田奈緒子インタビュー【後編】

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-エリザベート国際コンクールはオーガナイズがよかったとの事ですがどのあたりそう感じたのでしょう

何か質問をしたら迅速に返事が返ってくることですね。コンクールが予定どおりに進められること。当たり前のようなことなのですが、海外のコンクールではこれはなかなか無いことです(笑)。

参加者は希望すればホストファミリーの所に無料で泊まることができるのも素晴らしい。長丁場のコンクールでは経済的にも栄養的にもありがたいことではないでしょうか。例外もあったようですが、ほぼ全てのお宅にグランドピアノが置いてあって、食事も作ってくださったり、もしくは材料が置いてあったり、70人近くのコンテスタントを受け入れられる家庭があるというのは伝統と理解があるコンクールならではのオーガナイズではないでしょうか。

私も、ピアニストなのに「あなたは沢山弾かなきゃいけないから」と、コンクール側の計らいで会場から徒歩5分の素晴らしいホストファミリーを紹介していただき、一次予選の前は公式ピアニストでもないのに会場のリハーサル室を1日貸し切りにしてもらえました。そこには何時から何時までが誰と、と書かれたリハーサル表まで作ってありました。

ラウンド中も各場所に担当の方が居て、テキパキと対応し、かつ融通も利く素晴らしい方ばかりでした。コンクールのオーガナイズはだいたい、きっちりしているけれど、演奏には直接関係のないイレギュラーは絶対に認められないか、何を聞いても適当な答えしか返ってこない場合がほとんど。あるいはひたすらルーズなまま、という、いわば両極端なものが多いのですが、エリザベートは本当にバランスの良い素晴らしいオーガナイズだったと思います。

-素晴らしい・・・。ではよろしければここで・・・オーガナイズがだめだった具体的な例もいくつか教えて下さい。

チェロ部門なのに公式ピアニストがチェロの曲を知らない、または弾けないこと。これが結構あるんです。こういう時はもっぱらピアニストが非難されるんですが、私はオーガナイズの問題だと思っています。ピアニストは伴奏できれば誰でもよい、という考えのままオーガナイズすると大変なことが起きます。

あとは・・・コンクールに申込んだ人は多かったけれど、実際に来た人数が少なかったために、二次予選が2日も前倒しになったコンクール。しかも一次予選が終わった日の夕方からに前倒し・・・。運悪く最初に当たった人は心の準備もままならないまま慌てて公式ピアニストと合わせをして、そのまま出場・・・。なんて不公平なオーガナイズ!これはとあるイタリアのコンクールです(笑)。

チャイコフスキーコンクールもいろいろ大変でした。提携しているホテルに参加者全員が宿泊したのですが、なんと相部屋だったんですよ!しかも、一人で来た人は全く知らない人と相部屋ということになっていました。これはないですよね。ただでさえ緊張の毎日なのに知らない人とホテルが一緒なんて・・。

ちなみにその提携しているホテルは1時間に一本しかないコンクール用シャトルバスか自分でタクシーを呼んで会場に行くしかなかったのですが、ロシアはどの時間帯でも凄まじい交通渋滞なんですよ。読みを間違えると会場に着いたらすぐ本番なんてことにもなりかねず、みんな2時間くらい前にホテルを出発していました。

私はラウンドが進むごとにピンチヒッターで他のコンテスタントを引き受けるハプニングもあり、いちいちホテルに帰る時間がこの渋滞により無くなってしまったので、ゴザ敷みたいなのを毎日持参して、一日中会場でラウンドとリハーサル以外は雑魚寝して過ごしました。


(上写真:雑魚寝で過ごしたチャイコフスキー国際コンクール)

あと、あの時はコンクールに受けるためのオーディションというのもあったんですが、その会場はモスクワでした。そこから25人選ばれてサンクト・ペテルブルクに電車で移動だったのですが、あれもひどかった!

渋滞すると分かっているのにギリギリの時間でホテルを出たため、駅に着いたらみんなで走る羽目に!チェロと荷物を急いで降ろして、駅のセキュリティーチェックをくぐり、まさに間一髪で電車に滑り込みました。で、乗ってからも大変。チェロが25台、チェリストプラスピアニスト分のスーツケース、それを予約されていたたった一両の車両の中で収めなくてはならず、1時間くらいああだこうだとみんなで格闘しました。

第一、審査員もそろってサンクト・ペテルブルクに移動するなら何故オーディションをわざわざモスクワでしなくてはいけなかったのか・・・。

着いた後もバスで40分くらい移動して、ホテルのチェックインでまた長蛇の列。ベッドに入ったのが夜中の2時でした。で、翌日朝8時にみんなでホテルを出発して、演奏順のくじ引きとホールリハーサル、あれはもうオリンピックのトライアスロン並みのキツさでした。チェリストもピアニストも一次予選が始まる頃にはもうぐったりでした(笑)。チャイコフスキーの時はハプニングがありすぎて、書ききれないです。一冊本が出せるくらい!いまとなっては良い思い出ですが。

-さすがロシア・・・。オーガニゼーションが適当ですね・・・。オーガニゼーションとは別に舞台上ではいろいろありえないことがおこると思うんですが、ハプニングで面白いのがあればいくつか教えてください。

今まで一番びっくりしたのは、あるチェリストとの出来事ですね。まずチェリストがソロを弾きました。その後に私が舞台に登場したんですよ。彼が譜面台を取ろうとした瞬間・・・・アゥゥ~と急に顔を歪めて数秒静止したと思いきや、急に舞台に倒れてしまいました。

-えっ。

びっくりして私も審査員も駆け寄ったら身体を痙攣させながら「肩が、肩が」と言っていて・・・。どうやら腕を伸ばした時に肩が外れてしまったらしい・・・。でも、しばらくしたら自分ではめ直して結局そのまま演奏しました(笑)

-えっ。

舞台でパートナーが倒れるなんて、初めてのことだったので本当にびっくりしました。でも本人曰く、よく顎と肩が外れる体質なのだそうです・・・(笑い)。

-えっ?

その時もう一人公式ピアニストをされていた方が別の機会で彼と演奏することがあったのですが、彼女はしっかり本番前に「肩が外れた場合の対応の仕方」をチェックしていたそうです(笑)


(上写真:チャイコフスキー国際コンクールのアンドレイ・イオニーツァ。コンテスタントは孤独だ)

-それはレアな体験ですね。気絶した人がいる、とかいう話は時々聞きますが。コンクール伴奏者同士で意見の一致を見ること、盛り上がることがありますか。

コンクールで出会うピアニストはお互いの気持ちを正直に出せる貴重な存在です。みんなそれぞれ緊張もしているし、演奏するパートナーを支えようと強い気持ちでいます。ラウンド中はじっくり話す時間はないのですが、すれ違うときに交わすほんの短い会話でほっとしたり、同じホテルに泊まっている時は演奏パートナーの話をお互いにしたりします。みんな同じような話があるので盛り上がりますし、特に長丁場のコンクールでは、パートナーに見せられない部分を見せられる存在として、心の支えにもなります。

例えば私の大切なピアニスト仲間にドイツ在住で、ジャン=ギァン・ケラスのクラスでピアニストをされている高井章恵さんという方がいるのですが、今回のエリザベートでも2年前のチャイコフスキーのときも一緒でした。彼女の存在は私にとっては大きかったです。コンクール中時間を見計らってご飯に行ったり、全ての出番が終わった日の朝には朝市で新鮮な牡蠣とシャンパンで乾杯したりしました!チェリストと演奏後に「良かったね!」と喜ぶのも最高ですが、ピアニスト同士で「お疲れ様、終わったね!」というのはラウンドが終わっただけでなく、全ての気遣いから解放されるという意味でまた格別です。

-なるほど。ところで薗田さんは日本語以外にドイツ語はもちろんお話になると思うんですが、その他にも話せる言語がありますか。

はい、流暢ではないですが、ドイツ語が出来ない人とは私の英語というのでぐちゃぐちゃ話しています。ドイツでもアジアを除く外国人学生はほとんどみんな英語でリハーサル、レッスンです。イタリア人とはbody languageと微々たる単語で通じることになっています。フランス語はてんで分かりませーん。ポーランド語はちょっと分かります。これがロシアでちょっと使えたりしたんですよ。

(上写真:チャイコフスキー国際コンクール。イオニーツァとの演奏)

―素晴らしい。しかしピアニストというのはつくづくチェリストとは全く異なる人種ですよね。

そういえば来週から始まるエリザベートの入賞演奏会、一位の人を除いてみんな新しいコンチェルト弾くそうですよ。コンクールに用意していなかった曲ですって。今頃みんな猛練習してるのかなと思うと、ぞっとしますね。みんなどれだけマゾヒストでソロが好きなんでしょうかね。ちなみにコンクールが始まる前もチェロ族は室内楽フェスティバルに行っていたり、全然違うコンサートを弾いていたりしていて、やはりピアノやヴァイオリンとはつくづく違う人種だなぁと思います。

-やはり。コンクールの存在意義が問われる昨今ですが、コンクールは今後も在り続けるべきだと思いますか。

いまやコンクールは世界の至るところで開催されています。参加者のレベルももはや、弾ける弾けない、という程度の話ではないほど高くなっています。でもコンクールはその存在自体が音楽的ではないと思っています。人それぞれの趣向が大きく影響するし、本来音楽そのものに点数なんてつけられないからです。

ただコンクールのネット中継が拡大していく中で、会場には出かけられないけれど、コンクールを追う人が増えてきて、一緒にコンテスタントを応援できるようになりました。また、今回のエリザベートでは実際に聴きに来て気に入ったチェリストを最後まで応援しようという人達の熱気がすごかったですが、結果発表のとき、入賞しなかった韓国人のチェリストに対して会場にいた人たちが総立ちになって拍手を送っていたのはとても印象的でした。

私のホストファミリーのお母さんも、自分の好きなチェリストはこの人とこの人とこの人、自分のサロンコンサートシリーズに絶対に出てもらいたい、と言っていました。そういうことを考えると、コンクールの結果は良いスタートに繋がるかもしれないけれど、今後のコンクールの存在価値は「一位を取ること」から大きく変わっていくのではないでしょうか。応援する方も、彼はこのコンクールで一位だったからではなく、彼の音楽が好きだからという聴き方に変わりつつあります。それは良いことだと思うし、そういう方向にこれからも進んで行ってほしいと思います。

ちなみにエリザベート国際で共演したサンティアゴは、結果は三位でしたが、とある銀行からリサイタルシリーズのチェリストに一人だけ選ばれて、来年ベルギーで10-15回のコンサートツアーをすることになりました。

-大変おもしろいお話をおきかせいただきありがとうございました。これからのご活躍も期待しております!ではまたどこかでお会いしましょう。