ヴァン・クライバーンの、不滅の伝記

不滅の人、クライバーン。

第一回チャイコフスキー国際コンクールで、冷戦の最中優勝をかっさらったアメリカ人ピアニスト、ヴァン・クライバーン。クライバーンの人生に、興味のある人も、ない人も、チャイコフスキー国際コンクールに興味のある人も、ない人も、いずれにとってもおすすめしたい自伝本の翻訳が出ました。

ホワイトハウスのピアニスト:ヴァン・クライバーンと冷戦
http://www.hakusuisha.co.jp/book/b307884.html

500ページを超えるぶっとい本で、お値段も5000円を越すという衝撃のプライス!まじかよ高すぎるぜ!!しかしながらピアノファンにとってマストアイテムとしておすすめしたい素晴らしい本。白水社に感謝。アマゾンで躊躇なくぽちった自分を褒めてあげたい。読むのは大変だったけど(重くて)。

ヴァン・クライバーンの名前を知っていても、クライバーンを評価している人が日本にどれぐらいいるでしょうか。「過度のアイドル化によって、芸術家としての深化に失敗した過去の人」ぐらいなイメージを持っている人がほとんどではないでしょうか。中村紘子もその著書で言いたい放題でしたし。中村紘子の活動は私も高く評価していますが、クライバーンを繰り返し貶めた罪は、重い(と、いまになって言い出すやつ)。

クライバーンの最後の来日はサントリーホールで、確か私がまだ大学生だった頃、すなわち20年近く前のことだったでしょうか。おぼろげな記憶が確かなら、協奏曲を二曲弾いた夜、リサイタルの夜、があったのではなかったか。私は行けなかったけど、クライバーンを崇拝していた当時の学友から「涙が溢れた」という話を聞き、ふーん、クライバーンって過去の人じゃないの、といささか冷ややかな目で見ていた、そんな私を恥じたいと思いました。

クライバーンの人生は、芸術家の深化とか、そういう物差しで測ってはいけないのだな、と思わせられる本。クライバーンはそういうところにいる人ではなかったのだ。

もちろん、クライバーンの人生のピークがチャイコフスキー国際コンクール優勝であったことには間違いがなく、コンクールについて書かれている部分は純粋に興奮して読める。

しかし、クライバーンの人生よりもむしろ長く文字数をかけているのではないかと思われるほど詳細に記されるアメリカとソ連という、超大国の、繰り返される確執。これもまた、この本の、そしてクライバーンの人生の大きなテーマなのです。クライバーンという人と、政治は絶対に避けて通れないのであります。

この本の最後のクライマックスは、ゴルバチョフとレーガンの、ヒートアップする首脳会談において一つの雪解けを演じてみせたクライバーンという人の見事な機微、ですかね。ゴルバチョフと抱擁を交わすクライバーンの記述には、目が熱くならざるを得ない。

そのほか、興奮ポイントが次々と出てくる本だったのですが・・・

チャイコフスキー国際コンクールで審査員を務めたリヒテルはクライバーン以外全員に0点をつけた、という逸話がありますがそれが嘘であること。

クライバーンがフルシチョフと相当仲がよかったこと。

この2点は大変興味深かったのであります。

というわけで、ピアノファンならいますぐアマゾンでぽちってください、この本。そして本を読んだら今度は、クライバーンがソ連で、アメリカでも繰り返し弾いたという、本のタイトル(日本語のタイトルではなく原語のタイトル)ともなっている「モスクワの夜」を聴きながら、一緒に涙しようぜ。

再生回数少なすぎっすよ。

クライバーン万歳。ヴァン・クライバーン国際コンクール万歳。