訃報:アーヴィン・ゲージ死す

アーヴィン・ゲージが死んだというニュースが駆け回っています。今月12日に、スイスのチューリヒで。長らく苦しめられた身体の障碍と病気により亡くなったと書かれていますがそれ以上は英語で手に入る情報は今のところなさげ。

ぱっと検索したところ少なくともフランス語、英語、ドイツ語、スペイン語のメディアでとりあげられているので、いかに広く知られていたのかがわかるというもの。

https://www.br-klassik.de/aktuell/news-kritik/irwin-gage-gestorben-100.html

しかし、と思うのですが、日本ではどれだけ知られたピアニストでしょうか。アーヴィン・ゲージを知らないという方は、ピアノを勉強している人や音楽関係者の中にもたくさんいるのかもしれない。どうでしょうか。みなさんご存知でしたら申し訳ありません。

この人が超有名なのはソリストとしてではなく、歌手の伴奏ピアニストとして、です。有名歌手とのレコーディングをたくさん遺しています。

ふーん、という声が聞こえてくるようだ。気のせいならいいのですが。

日本の音楽教育ではソロばっかりに力を入れていて、室内楽や歌曲、スコアリーディング、通奏低音、そういった分への配慮があまりに足りないのではないかと思っています。(ちなみに韓国や中国でもそういう傾向があるそうです)

音大を出てもソリストになれる人なんて全国で年に一人いるかいないか、むしろもっと少ない、そんな世界です。そういう現実があるので、ソロ作品の演奏解釈に全力をそそぐよりも、上に挙げた部分にもっと力を入れるべきと思います。

多少の才能と努力があれば、そしてそういった事を若いうちに学ぶなら、現実の音楽社会で仕事を得られるチャンスは増えるでしょう。

あなたはピアニストである以前に、音楽家でなければならない。ソロ作品しか弾けないピアニストは現実社会では使い物になりません(年に一人出るか出ないかのソリストは除く)。多くの人にはやがて「大学は出たけれど」という世界が待ち受けるのです。

音大生は、コツコツ努力してきた人だから、音楽を離れてビジネスの世界でも努力して成功できる人が多い、とか書いてある本もありますが、そんなことのために音楽を勉強するわけではないでしょう。音楽を勉強するのは、音楽家になりたいからです。

というわけでいま音大や音高に在籍している諸君は、自分の身を守るためにも、ソロだけでなく室内楽、歌曲、スコアリーディング、通奏低音、あるいは即興演奏なんかにも力を注いでください。

じゃないと大学をでてもなんの役にも立たないピアニスト、まったく食えないピアニストになってしまいます。ピアニストになれればまだよくて、結局普通の会社員とかになることになる。なんのために超高額なお金を払って音大に通っているのか。食えなくてOKという人でないのなら、お願いだから幅広く勉強して。

そしてアーヴィン・ゲージみたいに歌曲のプロになりたいという人は、音楽だけでなく言語のプロフェッショナルになってください。

歌曲は言葉と相当密接につながっています。言葉の持つ深い意味を知って、そしてそれがどう音楽に反映されているかを知って初めて、歌曲のプロになれる。その曲の歌詞の意味を知っている、だけではだめで、一つ一つの単語の語源やら隠喩やら歌詞が書かれた頃の歴史的や政治的な背景やらを知っている必要がある。

アーヴィン・ゲージはアメリカ人でしたが、そういう点でも秀でていたでしょう。でなければこんなに尊敬されないのです。という事を考えた昨夜でした。